五線に書かれた音符、読めているようで読めていない?

こんにちは♪

ピアノを練習する上での悩み。
それぞれに様々な悩みがあると思います。

「弾けるようになると楽しいけれど、弾けるようになるまでの練習が楽しくない」ということをしばしば聞きますが、結論から言ってしまうとやはり練習しないとピアノは弾けるようにはなりません。

ではその練習を楽しくなくしている原因は何でしょうか。

様々な原因が考えられると思いますが一つには、五線に書かれた音を一つ一つ読んでいくことに困難さを感じているのではないかという事です。

五線に書かれた音符を正確に読み取ることはピアノを演奏する上で必要不可欠なことです。
これが思うようにいかないばっかりになかなか曲を仕上げることができなくなり、その期間が長ければ長いほど大好きだったピアノが嫌いになってしまうことも少なくありません。

今日は五線に書かれた音符のことについてお話ししようと思います。

 

五線に書かれた音符が読めない原因

一つの曲をピアノの鍵盤上で表現する手段。
いろいろあると思います。
例えばメロディーを鍵盤上で音を探りながら形にしていったり、誰かお手本になってくれる人が隣にいて見よう見まねで覚えていったり・・・
でもピアノを演奏する場合大抵は楽譜というものがあって、楽譜に書いてある音を自分で読みそれを鍵盤上で音にします。

 

「あいうえお」を覚えるのと同じ

ピアノを習いたての頃は、五線に書かれた音を読めるようにノートを使ってトレーニングをしながら、楽譜に書かれた音を読み、それを鍵盤上で音にしていきます。
これを何度も何度も繰り返し、1曲、2曲、3曲と曲数を重ねていくたびにそのうちノートなどでトレーニングしなくても楽譜に書いてある音が少しずつすらすらと読めるようになっていきます。

これは小さな子供が50音の「あいうえお」を読めるようになるまでの過程と似ているところがあるように思います。
まずは自分が興味をもった字を指さして「これは ”あ”」「これは ”か”」という具合に一文字ずつが読めるようになり、やがてすべての50音が理解できるとそれが「む・か・し・む・か・し・あ・る・と・こ・ろ・に」と、本に書いてある字が一つ一つ読めるようになり、「むか・し・む・かしあ・ると・こ・ろに」となんとなく読めるようになり、さらに「むかし・むかし・あるところに」と、すらすらと読めるようになっていきます。
こうなっていくまでに多少の個人差はあるものの、驚くほどの短期間ですらすらと読めてしまう子がいるでしょうか。
大抵の子は毎日お父さんやお母さんに本を読んでもらったり、一緒に読んだり、幼稚園でひらがなのお勉強の時間があったり、日々の積み重ねによって少しずつ読めるようになっていくものだと思います。

私はピアノの練習は練習する本人の意思で行って欲しいといつも思っています。
なので生徒さんには練習の必要性は必ず伝えますが、「最低でもこれくらいはやらなくてはいけない」などといった強制的なことは特別な理由がない限り言いません。
極端なことを言えば、本人が一生懸命に練習したのであれば一日5分でもいいと思っています。
でも、音符がすらすらと読めるようになるには少なからず練習量にも比例してくるものだと思います。
音符がすらすらと読めるようになるには「あいうえお」と同じ、日々の積み重ねなのです。

 

絶対に見逃してはいけないこと

先ほどお話ししたように、音をすらすらと読めるようになるまでの期間に個人差はありますが、五線に書かれた音をたとえゆっくりでも間違いなく認識していて読めるのであれば、日々の積み重ねで少しずつでもすらすらと読めるようになっていくでしょう。

ただ、ノートで音を読む訓練をしているのにもかかわらずいざ楽譜と向き合うと音が読めているようで実は読めていなかったということに気が付く場合があります。

一つ例をあげてみます。

右手に「ドレミファソ」の5つの音しか出てこない曲を弾く場合、当然のことですが手のポジションを全く変えずに5本の指で弾くことができます。
間違えずに良く弾けているなぁ~と思っていても実は「ドレミファソ」の音を読んでいるのではなく、音の上に書かれた指番号の12345を見て弾いている場合があるのです。

五線に書かれた音符の上に指番号が1と書いてあればド、2と書いてあればレと指使いを頼りにして読んでいるのです。
この場合、「ドレミファソ」の音しか出てこない曲であれば指使いを頼りに弾いても絶対に間違えることはありません。

この間違った認識を見逃した状態でレッスンを続けてしまうと、ポジション移動が必要な曲になった場合にとても混乱することになり、音の間違いを多々注意されるたび本人のストレスがたまり、最悪の結果「もうピアノ嫌だ」となりかねません。

このような最悪の結果になる前に指使いを頼りに弾いてしまう習慣はなるべく早く訂正する必要があります。
ではそれを見極めるにはどうしたらいいのか。

指使いを頼りに読むのではなく、きちんと音符を読んでいるかどうかを確かめるのに一つ方法があります。
子どもの右手の親指を指さして「これって何の指?」と聞いてみた場合、きちんと音を読んでいる子は「1の指」と答えます。
ところが音を読んでおらず指番号を頼りに弾いている子は「ドの指」と答えます。
私は一度もそんなことを教えた覚えはないのですが、指番号を頼りに弾いている子のほとんどいや、全ての子が決まって「ドの指」と答えます。

 

どうして間違えて覚えてしまっているのか

ノートを使って音を読む訓練をしているにも関わらずどうしてそのようなことが起こってしまうのでしょうか。

音は五本の線が書かれた五線上に、線の上 → 線と線の間 → 線の上 → 線と線の間という具合に順番に記されます。
そして五線上には書ききれない音については加線といって、短い線を書き足すことによって更に広い音域に渡って音を記すことが可能になります。

この原理を自然に受け入れることができる子もいれば、少し戸惑うもののだんだん理解できてくる子もいます。
しかし中には全くといっていいほど受け入れることができない子も案外います。

「全く」とは少し厳しい言い方をしてしまったかもしれませんが、全く理解できなくても時間をかけ、丁寧に理解できるまで根気よく訓練していけば必ず理解できるようになります。

その過程でノートではできるようになっても、いざ楽譜を見てとなるとやはり音を読むのが困難になり、困った挙句本人なりの努力だとは思うのですが指使いを頼りに弾いてしまっているのではないかと思われます。

 

先を急がず、できるまで根気よく、必要であれば分かるところまで戻って。

何事もそうです。
個人差がないものなんてありまぜん。

学校の勉強でもそう。
体育が得意な子もいれば苦手な子もいる。
算数が好きな子もいれば、国語が好きな子もいる。

五線がすぐに理解できる子もいれば、五線をとても難しく感じる子もいる。

みんなそれぞれなんです。

五線が難しかったら、難しくなくなるまで根気よくトレーニングすればよいのです。
それでも難しかったらもう一度始めに戻って五線のお話しからスタートすることも必要になるかもしれません。
弾けるようになるまでに時間がかかるかもしれませんが、五線の意味が分かり正確に音を読めるようになれば日々の練習が楽しいものに変わっていくでしょう。

早くいろんな曲を弾けるようになって欲しい。
焦る気持ちも分からなくはないのですが、これが遠回りのようで近道のような気がします。

先を急いで苦しいより、ゆっくりでも楽しい方がいいと思いませんか?
私はそう思います(^v^)

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